還らずの森

〜第三章・3〜



 僕たちは、まず以前から宮沢を知っている人物に会って、話を聞こうと
いうことにしたのだ。
 本人が、過去の一部を忘れてしまっている上、思い出そうとすると、頭
が痛くなるという宮沢に、無理やり思い出してもらうのは困難だからだ。
 それに何より、情報が少な過ぎた。
 そして、僕も美凪も、あの茂木という男からは、情報を得ようとは思わ
なかったのだ。
 羽田というのは、宮沢の前の学校のクラスメイトで、宮沢の身代わりに
なって電車にぶつかり、負傷したという人だった。
「電話では話したけど、何か気まづくって会ってないんだって」
「宮沢さんが?」
「うん」
 父の質問に、美凪が素直に答える。
 ついさっきまでは、ソファに胡坐をかいていたというのに、いつの間に
か、きちんと足を揃えて上品に座っていた。
「…そうか。頑張れよ」
「あ、うん」
 父は、僕に何か言いたそうだったが、僕たちに向って、それだけ言った
だけだった。
 僕は―――本当に、このやり方でいいのか、実は父に聞きたかった。



 だが、何だか悔しいので、何も言わなかった。







 土曜はいい天気だった。
 父が今朝早く洗っておいてくれた洗濯物を、狭いベランダに干して、二
階の事務所に降りると、美凪がすでに待っていた。
 この幼馴染は、普段はルーズなのだが、何故かこういう時だけは、異
様に素早いのだ。
「やっと来たー。早く行こうよ」
「コーヒーくらい飲ませてくれよ」
 宮沢とは駅前で待ち合わせをしていた。
 時計を見ると、約束の時間まで、まだ間がある。
 コーヒー飲んで、一息ついてからゆっくり歩いて行っても、十分間に合
う時間だった。
「じゃあ、あたしも飲もっと」
 美凪はそう言うと、僕の分も淹れてくると言って立ち上がった。
 僕はありがたく頼むと、ソファに沈み、何気なくテレビのスイッチを入れ
た。
 事務所には、小型のテレビが置いてあるのだ。
 客が来るので、滅多に見ないが、今はまだ営業時間前だ。
 ニュースでも見ようかと、チャンネルを回していたが、ふと手を止めて、
僕は画面に見入った。
「どうしたの?」
 真剣にテレビを見ていた僕の横で、コーヒーカップを両手に持った美凪
が、不思議そうな顔で立っていた。
「変な事件でもあった?」
「……いや、事件じゃなくて…。くそ、どこもやってないか」
 見ていたニュースが終わってしまったのだ。
 他でもやっていないか、別のチャンネルを回したが、どこもやってはい
ないようだった。
 僕は諦めて、リモコンを机の上に置いた。





  


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