還らずの森

〜第三章・4〜



「ね、何があったんだよ?」
 ずぞぞ、とコーヒーとは思えない音をたてて一口すすると、また美凪が
聞いてきた。
「…ん。そんな大層な事でもないんだけどさ」
 僕は曖昧に答えた。
 実際、大きな事件のニュースではなかった。
 ただ何となく、気になっただけなのだ。
 だが、幼馴染は引き下がらない。大きな目を、ぱちぱちと瞬いて、ずい
と僕に近寄ってきた。
「そういう風に言われると、余計に気になる」
「……ごめん」
「じゃあ言ってよ」
「………ちょっと気になるニュースが流れてたんだよ」
 僕がようやく話し出すと、美凪は大人しく僕から離れて座りなおした。
「気になるニュース?」
「途中からだったんだけど、森の中で死体が発見されたって…」
「森……」
「たった今、流れたニュースだから、昨日か今朝未明の事件だと思うん
だけど、それ以上はわからないよ。ただ森っていう言葉が、ちょっと気に
なっただけだよ」
「なんだ〜」
「だから、大層な事じゃないって言っただろ」
 宮沢の父親が関与したという、その事件では、遺体は近所の森の中
で発見されたのだという。
 僕は、その「森」という単語が、ずっと頭から離れないでいた。
 だから、テレビからふと耳に入った「森の中で死体が発見」という言葉
に反応してしまったのだろう。
 だが、美凪は更に別の事を考えていたらしい。
 ゆっくりカップをテーブルに置くと、いつになく真面目な顔で、僕に囁い
た。
「ね、森に行ってみない?」
「は?」
 美凪の発言は、いつも唐突だ。
 今回もそうかと思ったが、そうではないようだ。
「宮沢のさ、お父さんが殺……、関わったっていう事件があった、その例
の森に行ってみようって話」
「……そうだなぁ」
「でもどこにあるのかが、わかんないんだけどさ」
 それは、施設の園長に聞けば教えてくれるだろう。
 そう言うと、美凪は「なるほど」と頷いた。
「ね、行こうよ!」
 まるで、森にピクニックにでも行きましょうというような雰囲気だ。
「……とりあえず、それは後で決めよう。そろそろ行くぞ」
 僕はカップを片手に立ちあがった。
 少し早足で歩かなければ、遅刻してしまう時間になっていたのだ。
 テレビの主電源を切って、リモコンを元の場所に置いてから、僕はもう
一度真っ黒なテレビの画面を見た。
 そしてすぐ後ろを向いて、後から慌ててついてくる美凪を共に、事務所
をあとにした。




 そして僕は、また後になって後悔することになる。
 なぜ、あの時に例の森の中のニュースを、ちゃんと見なかったのだろ
う?―――――と。
 だが、その時は知る由もなかったのだ。
 まさか、その事件と宮沢が少なからず関わっているなんて―――。




  



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