還らずの森

〜第三章・2〜



「また不審者なんだって」
「え?」
 もうすぐ昼休みが終わろうとした時、美凪が僕の耳元で囁いた。
「不審者? が、どうしたって?」
「だからさ。また怪しい人が学校に入り込んだらしいんだよ」
「……へえ」
 やや興味なさそうな僕の返事に、幼馴染はちょっとつまらなそうな顔を
したが、それ以上何も言わずに立ち上がった。
 授業のチャイムが鳴ったからだ。
 教科書を広げながら、僕はさっきの美凪の言葉を思い返す。
(不審者だって?)
 それは、つい先日、若い男が一人、始業中に校庭へ入り込んだという
事件があったのだ。
 事件、というような被害はなかったが、このご時世、何が起こるか分か
らないという事で、各家庭に不審者に注意するよう呼び掛けた、プリント
が配られたのだ。
 怪しい男は、僕も遠目に見たが、捕まらなかったので、誰だかは、わか
らなかった。
 美凪が言うには、宮沢 由希の婚約者だという茂木に違いないらしいが
確たる証拠があるわけでもない。
 僕は、ちらと斜め前に座る宮沢を見た。
 転校してきたばかりの頃に比べて、だいぶ明るくなったように思う。
 背筋を伸ばして、一生懸命ノートに書き写している姿が、目に映った。
 また出た不審者というのは、まさか本当に茂木なのだろうか?
 それなら何のために?
 学校に用があったのか。
 それとも――――。



 だが、僕にはそれ以上の答えは出なかった。









「それでね。明後日の土曜日に、あたし達もついていくことに決定したか
ら」
「…わかった。土曜だな」
「うん」
 事務所で、我が家のように寛ぐ美凪に、僕は頷いてみせる。
「なんだい? デートかい?」
「違うよー」
 ちょっとからかう様な声の主に向かって、美凪は少しだけ睨む。
 強く睨まないのは、相手が憧れている探偵、遊佐 春樹だからだろう。
この幼馴染は、僕の父親の大ファンなのだ。
「デートじゃなくて、宮沢の用についていくだけ」
「…ほう?」
「……前の学校の友達っていう羽田さんに会いに行くんだよ」
「ああ、例の」
「そう」
 羽田、という名前を聞いて、父の顔から笑顔が消えた。




  

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