還らずの森

〜第一章・18〜



 宮沢が落ち付きを取り戻してから、僕は父に向き直った。
「…あのさ。宮沢さんを付け狙うストーカーを、見つけて欲しいんだけど」
「依頼かい?」
「うん」
 僕が頷くと、美凪も宮沢も同時に頷いた。
 自分を見つめる、僕ら三人の顔を、それぞれ見回してから、父は少し困った
ように、所々白いものが混じった眉を寄せた。
「話は聞いたけどね…。困ったな」
「何だよ? 父さんが駄目なら東海林さんが…」
 それを聞くと、父は更に眉を寄せる。
「あのね秋緒。何度も言うようだけど、うちが所員を増やさない理由は、沢山の
依頼を受けたくないからなんだよ」
「……知ってるよ」
 父の事務所――遊佐探偵事務所は、都内近郊では結構名の知れた探偵所
だ。
 だが父は、多くの依頼を受けることはない。
 一つの依頼が、疎かになるからだという。いっぺんに沢山の依頼を受けると、
ひとつひとつが雑になるからだそうだ。
 だから、是非にと来た依頼でも、父は別の事務所を紹介して、断るといった
ケースがよくあるのだ。
 父も東海林さんも今、何か依頼を抱えているのはわかっている。
 父の、仕事に対するモットーも、わかっている。
 ―――だが。
「宮沢さんが、今もストーカーに狙われてる事も、怖い思いをしている事も、よく
わかったよ」
「じゃあ」
 腰を浮かせ、言いかけた美凪に、父は軽く首を振った。
「おじさんは今、他の依頼を受け持ってる。勿論、東海林くんもね。だから今す
ぐは無理なんだよ」
 その言葉に、途端にがっかりした顔をする美凪と、落胆した顔の宮沢に、父
は申し訳なさそうに「ごめんね」と言った。
 僕も内心、がっかりだった。
 そして、宮沢には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 ここへ彼女を呼んだのは、この僕なのに―――。
 何とも気まずく、僕は顔を上げることができず、むっつりと黙って、下を向いて
いた。
「じゃあさー」
 妙な気まずさのあった空間で、美凪の能天気な声が響いて、僕は何事かと、
顔を上げた。
 その場にいた、全員が美凪に注目する。
「どうしたの? 美凪ちゃん」
 空のコーヒーカップをいじりながら、本郷刑事がそう聞くと、この幼馴染は何故
か誇らしげに、胸を反らして言った。
「おじさんが駄目ならさ。また秋緒がやればいいんだよ」
「……なん」
 何だって?
 そう言いたかったのだが、あまりに突拍子もない発言だった為、僕はすぐに
言葉にできなかった。
「遊佐君が?」
「うん、そう! 秋緒ってね。探偵の素質があるんだ」
「美凪っ!」
「去年の夏休みにもね。秋緒が事件解決したんだよ。そんであたしは助手だっ
たんだよ」
「すごい…。本当?」
「美凪! お前なぁ! いい加減にしろよ!」
 勝手に話を進める美凪に腹が立ち、僕は勢いよく立ち上がった。



  

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