還らずの森

〜第一章・19〜



 僕が怒るとは、思ってもみなかったのだろう。
 両肩をすくめて、宮沢は慌てたように口を閉じた。だが、美凪といえば、僕が
こう言って怒る事はわかっていたのだろうか。特に動じる事もなく、それどころ
か、意味ありげに、僕を上目遣いで見た。
「お前…ほんっとに、しつこいよな?」
「しつこいよ」
「僕は、もう探偵はやらないって言っただろ?」
「聞いたよ」
「僕が、ここを継がないって事も知ってるよな?」
「知ってるよ」
 何を言っても、さらりさらりと返されてしまう。
 いつものように「だって」と言い返してくれば、こちらも反撃できるのだが、こう
も簡潔に返されては、僕もこれ以上何も言えなくなってしまう。
 次の言葉が出せず、もごもごやっている僕に、待ってましたとばかりに美凪が
口を開いた。
「だって、それしかないじゃん?」
「…それしかって」
「じゃあさ」
 言い返そうとした僕の言葉を遮って、美凪がいつもより強い口調で僕を睨み
つけた。
「じゃあ、宮沢はどうなっちゃうの?」
「そりゃ……父さんの今の依頼が終わったら…」
「それじゃ遅いじゃん! 待ってる間に宮沢に何かあったら秋緒のせいなんだ
からね!」
「何で、僕のせいなんだよ!」
 僕の言葉に、美凪は立ち上がった。
 自分の事で、口喧嘩をはじめた二人の下で、宮沢はどうしていいのかわから
ずに、ただオロオロとしていた。
「僕は関係ないだろ?」
「あるよ!」
「何でだよ!」
「じゃあさ。宮沢をここへ連れて来たのは誰なんだよ? 秋緒じゃん」
「……それは」
 それは、確かにそうだが――――。
 宮沢の話を聞いて、探偵の父に相談してはどうかと、ここへ誘ったのは勿論
この僕だが―――。
「それは…そうだけど」
「連れて来たからには、責任取ってよ!」
「え…」
「あの……美凪さん。私は大丈夫だから」
 困った様子で、宮沢が間に入る。だが、上から美凪がぴしゃりと言う。
「宮沢はいいから黙ってて!」
「おい、美凪」
 止めに入った当事者に対して、黙っていろとはあんまりだ。宮沢は何も言えな
くなり、申し訳なさそうに、また口を閉じた。だが美凪はお構いなしに続けた。
「おじさんが無理なんだから、秋緒が責任取るのは当たり前でしょ」
「なんで…」
「何でって、当然じゃん! いわゆる連帯責任ってやつだよ」
 僕は父の息子だが、ここの所員ではない。
 引き受けられない仕事を、所員でもない僕が、連帯責任だと言われて引き受け
なくてはならない道理はないはずだ。
 確かにここへ連れて来たのに、何の手助けもできなかった事に対しては、宮沢
には申し訳なく思う。
 しかし、僕の責任ではないはずだ。
 だいたい、そんな事で美凪に無責任扱いされる覚えもない。
 そう言ってやろうとした時、横から名前を呼ばれて、僕は振り返った。
 父が、少し首を傾けて僕を見ていた。
「秋緒」
「…なんだよ」
「そんなに怒鳴って。お前には宮沢さんを、少しでも助けてあげたいという気持ち
はないのかい?」
「それは…」
 それは勿論ある。あるから、ここへ連れて来たのだ。
 小さく頷いた僕を見て、父は満足そうに大きく頷いた。
「じゃあ、私が今の依頼を終えるまで、お前が引き受けてくれないか?」
「………!」
「そうこなくっちゃ!」
 嬉しそうな、美凪の声を背に、僕は一人固まってしまった。
 これでは、去年の夏の時と同じじゃないか。





  

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