還らずの森

〜第一章・17〜



「…羽田さんは、そのまま救急車で運ばれたの。意識はあったんだけど、頭を
深く切って、全治二ヶ月の重症だったの」
 宮沢の話は、長かった。
 それというのも、途中でその時々の事を思い出したのか、何度も中断したりし
たからだった。
 その長い話の間、誰一人口を挟む者はいなかったが、宮沢が、そこでまた一
旦口を閉ざした時、美凪が、囁くような声で言った。
「その…羽田って人は、宮沢を助けてくれたってこと?」
 その言葉に、宮沢は小さく頷いた。
「じゃあ、ストーカーは宮沢さんをまだ狙っていて……それに気が付いた羽田さ
んが、助けようとして身代わりになったわけか」
「…うん」
 僕の言葉にも、宮沢は頷き両手で顔を覆った。
「私…申し訳なくて……」
「泣かないでよー」
 とうとう泣き出してしまった宮沢を、隣にいた美凪が、その背中をさすってやり
ながら声をかける。
「全部、私が悪いのに…! 私が…」
「その羽田って人に、嫌な事言われたの?」
 美凪がそう聞くと、宮沢は激しく首を振った。
「ううん…! あの人は、羽田さんは怪我してごめんって…。明日からガードして
あげられないって…」
「じゃあ、良かったじゃん。怪我しちゃったけどさ」
「でも! 私なんかに係わったばっかりに」
 美凪が色々な言葉で慰めるが、宮沢は「自分のせい」の一点張りだ。
 何を言っても、泣いて自分を責めるばかりの宮沢に、僕もどう声をかけたらい
いのかわからずにいた。
 それは本郷刑事も同じらしく、困ったように空のコーヒーカップを弄っている。
「いいお友達だね。羽田さんって」
「…え?」
 この場の雰囲気を、全く無視した、のんびりとした声がして、そこにいいた全員
が、思わず顔を上げた。
 父だった。
 僕の横で、父――遊佐春樹が、にっこりと笑って宮沢を見つめている。
「そんな素敵なお友達、この先なかなか見つかるもんじゃない。そう思わないか
ね?」
「…え、ええ……」
 あんなに泣きじゃくって、誰の話にも耳を貸そうとしていなかった宮沢は、少し
きょとんとした顔で、父を見つめ返す。その目に涙はない。
「でも…あの、大怪我させて…」
「確かに怪我をしてしまったけどね」
 珍しく言葉を遮って、父が口を開いた。
「でも、その事で、君たちは本当の親友になれたんじゃないの?」
 一旦、涙が引いたはずの宮沢の目から、また涙が溢れ出す。そして、何度も
頷き、小さな声で「はい…」と答えた。


 僕は、そんなに父を尊敬している訳じゃない。
 たまに、頼りなく感じる時もあるくらいだ。
 だが今は、何となくだが誇らしく思う。


 勿論、恥ずかしくて言葉にはできないけれど―――。




  

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