還らずの森

〜第一章・15〜



 突然目の前で泣かれ、最初は慌てていた羽田だったが、宮沢が落ち着いて
くると、来た時と同じようにリラックスしていた。
 だが、一ヶ月も学校を休んだ経緯を聞くと、途端に真剣な表情に変わり、腰を
浮かせた。
「なにそれ。……怖っ」
「うん。だからもう電車が怖くて」
「そうかー……ねぇ、それってストーカーってやつ?」
 宮沢は小さく頷く。
 どう考えても、自分だけを標的にした悪質な悪戯としか思えなかったからだ。
しかし勿論、宮沢には誰かに恨まれたりするような事はなかった。
 友人も少なく、常に控えめだったからだ。
 宮沢がそう言うと、今度は羽田が頷いた。
「そっか。身に覚えのないのって、怖いね。でさ、警察には届けた?」
「ううん」
「なんで?」
「ここの施設の先生が、警察に届けるほどの事ではないからって…」
「ええー?」
 羽田は納得いかないとでも言うように、口をすぼめる。
 実際、宮沢も同じ気持ちだったのだ。
 だが施設側としては、些細な事でも、警察の世話になるのは避けたい様子
だった。
 宮沢の事も、勿論心配なのだろうが、それよりも警察沙汰だけは避けたいの
だろう。宮沢も、それはなんとなくわかった為、警察に行って事情を話したいと
いう事は、それ以上言う事はできなかった。
「じゃあこうしようか」
 突然、パンという軽快な音がして、宮沢は驚いて顔を上げた。
「え…?」
「だからさ、明日から私が一緒に電車に乗ってあげるよ。いい考えでしょ?」
「え? 羽田さんが?」
「そうそう。変な奴がいないか、見張ってあげるよ」
 思ってもみなかった申し出に、思わず頷きかけた宮沢だが、思い直して、首
を振った。
「駄目…」
「なんでよー? あ、時間なら平気。私は宮沢が乗る駅の一つ前なんだ。だか
ら一旦降りて、宮沢と待ち合わせすれば問題ないよ」
「…そうじゃなくて」
 宮沢は、先程よりも強く首を振る。
「じゃあ、なに? なにが駄目なんだよ?」
「………危ないよ。もし本当にストーカーだったら、羽田さんに迷惑かけちゃう
よ…」
 自分一人でも、危険な目に遭ったのだ。
 またあのような危険に遭うのも怖かったが、それ以上に羽田が傷付くのは見
たくはなかった。
「なーんだ、そんな事か」
 不安でいっぱいだった宮沢とは対照的に、驚くほど軽い言葉が返って来た。
「そんな事って…」
「大した事ないって! 平気平気」
「……羽田さん」
「私だけじゃ不安なら、クラスの誰か応援呼ぼうか?」
 その言葉に、宮沢は慌てて首を振る。
 誰を呼ぶのかは知らないが、これ以上誰かを巻き込む事はごめんだった。
「じゃあ決定ね。何時の電車?」
「あの…」
「とりあえず、しばらくはいつも通りでいいと思うんだ。それで、もし何かあったら
時間変えてみようよ。ね?」
「え……うん」
 何だか、うやむやのうちに決定されてしまい、宮沢は途方に暮れる。
 だが目の前で、これからの登下校の予定を立てる、はじめて友人と呼べる、
このクラスメイトを見て、宮沢は、何とも言えない勇気が沸いてきていた。
 この人がいれば、きっと学校にも行けるだろう。
 ストーカーだって寄って来ないだろう。
 そして、今まで以上に学校が好きになれそうな気がした。





 だが。
 こんなささやかな、希望さえも打ち砕く事件が起きた―――。



  

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