還らずの森

〜第一章・14〜



 もともと引っ込み思案だった為、学校にも友人は多くなかった。
 楽しく学校へ通っていたわけでもない。
 電車に乗れなくなった事もあり、宮沢は学校へも行かなくなった。
 たった一人の登校拒否の生徒に、担任は動く気配はなかった。
 宮沢は施設の自室から、ほとんど出ることなく、過ごしていた―――。
 だが、そんな生活が一ヶ月も過ぎた頃。クラスの女性徒が一人、宮沢を尋ねて
来たのだ。
「元気? お見舞いに来たよー」
「羽田さん…」
 突然、尋ねてきたクラスメイトに、宮沢は嬉しさよりも驚いた。
 宮沢が寝込んでいるわけではないとわかると、羽田はニッコリと笑い、持ってい
た小さな箱を目の前に持ち上げた。
「これ。私の好きなシュークリーム。食べよう」
 見舞いに来た筈なのに、自分の好きな物を持参してきたクラスメイトに、宮沢は
軽く吹き出し、その手土産を受取った。








「元気そうじゃん」
「うん…」
 羽田は、大きめのシュークリームを三口で平らげると、指に付いたクリームをぺ
ロリと舐め取った。
 所々茶色い髪の羽田は、宮沢のクラスメイトだ。
 実はそれほど仲が良いわけではない。
 羽田が、バレー部の選手だという事以外、宮沢は知らなかった。だから勿論、
羽田がどこに住んでいるのか、電話番号もメールアドレスも知らない。
 そんなクラスメイトが、何故ここへ来たのか、宮沢には見当もつかなかった。
 それで、思い付いた事を尋ねてみる。
「…先生に言われて来てくれたの?」
「先生? なんで?」
 二つ目のシュークリームを手に取りながら、羽田はきょとんとした顔を上げた。
「何の事?」
「え…だから、先生に私の様子を見て来いって言われて来たのかなって…」
「ああ、そう言うことか。違うよ」
 そう、きっぱり否定して羽田は、またニッコリと笑う。
「一ヶ月も休んでいるからさ。酷い病気になったのかなって気になったんだよ」
「あ……そう、なんだ」
「でも来てみたら元気そうじゃん? なんか拍子抜け〜」
「ごめんね…」
「あ、ううん! 元気ならいいんだよ」
 申し訳なさそうに頭を下げた宮沢に、羽田は慌てて首を振った。
「こっちこそ、いきなり来てごめん……宮沢?」
「ありがとう…」
 まさか自分を心配してくれる人が、いるとは思わなかったのだ。
 すでに両親のいない宮沢には、自分を心配し、守ってくれる者はいなかった。
施設の人たちは親切だが、それは表面上だけの事だった。
 ずっと。
 もっと子供の頃から、自分を気にかけてくれる友人が欲しかった。
 宮沢の目から、自然に涙が溢れた。



  

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