還らずの森

〜第三章・14〜



「え」
 突然の質問に、僕は口を閉ざした。
 どこかで似たような、聞いたような事のある質問だった。
 ああそうだ。
 恋人なんかが、自分と仕事と、どっちが大事か?とか聞くと言うアレの事
だろうか……?しかし、僕と美凪は、そういう関係でもなく…。
 そもそも、比較すべき対象を言われていない。
 僕が一人黙って考え込んでいると、美凪がいつものように両手を腰にあ
てて、少し反り返ったような格好で、ため息をついた。
「……秋緒ってば、なーに考え込んでるのさ。だからー、秋緒にとって、あ
たしってただの幼馴染かそうでないかって聞いてんの!」
 美凪の口調は、まだ怒っているようだったが、先程の涙はもうない。
 美凪は、更に続ける。
「あたしはさ。そりゃ、あんまり頭も良くないしさ。秋緒みたいな探偵の素質
なんて、ないけどさ。でも秋緒の手助けしたいって思ってる。だから、自分
ができるだけの事はしようって、思ってた」
 それは、わかっていた。
 僕は無言で、小さく頷く。
「だからさ。秋緒も、あたしの事、少しは頼りにしてくれてるのかなって……
そう思ってたんだ。あたしってさ、秋緒の特別っていうか……助手として大
事な幼馴染なのかなって………あたしの思い込み?」
 最後の言葉は、まだ少し涙で濡れた目で、僕をじっと見つめて言った。



 ―――ああ。
 そういうことか。


 僕は、情けなくなってきた。
 いつも傍にいすぎて。いつも当り前のように後ろからついてきたから、大
事な事を忘れかけていたようだ。
 僕は自分の額を、軽く数回叩いた。
「秋緒?」
「ごめん。僕、ホント駄目だな……ごめん」
 言いながら、僕はまた額を叩く。
「そうだよな。美凪は手伝うと言った時から、お前なりにやってたもんな。な
のに、お前抜きで一人で突っ走ったりしてごめん」
「……うん」
 僕は、両手で美凪の手を握った。
 僕の手の中で、美凪の手が逃れようとしたが、僕は構わず強く握りしめた。
美凪の身体が硬くなるのが、その手からも伝わってきた。
「美凪は……そそ、うまく言えないけど……僕にとっては大事な仲間なんだ。
いないと困るし……その……ごめん」
「うん…わかったよ」
「もう怒ってない?」
「怒ってないよ。だから………その、手……」
 少し頬を赤らめた美凪が、僕が手を握る力を緩めた途端、すごい勢いで手
を抜くと、慌てたように後ろにしまいこんだ。
「なんだよもう。改まっちゃってさ」
「ごめん」
「じゃあ、ちゃんと話してよ? あたしは特別な仲間なんでしょ?」
「ああ。美凪は特別だ」
 僕は、今そんなに変な事を言っただろうか?
 美凪の頬が、更に赤くなっていく。
「秘密は、なしだからね」
「ああ」
「今度、あたしに秘密にしたら絶交だからね」
 小学生のような事を、まだ赤い顔で言う美凪に、僕は「うん」と大きく頷いて
みせた。
 「……早速だけど、大事な話があるんだ。お前にだけ話すから、聞いて欲し
い。その代わり、これから話す事は絶対に秘密だ。誰かに喋ったりしたら……
絶交だからな」
「…うん!」
 美凪はその日、一番の笑顔で大きく頷いた。




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