還らずの森

〜第三章・12〜



「なっ? ひでぇだろ?」
 その時のことを思い出したのか、本郷刑事が、大げさにため息をついて
僕に同意を求めるかのような視線を送ってきた。
「はぁ…まぁ」
 僕は、そんにに酷い事とも思えなかったが、一応小さく頷いた。
 美凪はというと、大声を上げた後、まじまじと本郷刑事を見つめていた。
 そんなに驚く程、酷い話だろうか?
 だが、美凪の驚きは別のところにあった。
「本郷さんって、彼女いたんだー!」
「いちゃ悪いかー!?」
「悪くないけど、でもありえなーい!」
「あり得ないって…」
「だって本郷さんがー? うっそだー!」
「嘘じゃねぇっ!」
 二人のやり取りを聞きながら、僕は心の中でこっそり笑った。
 何しろ、僕も美凪と同じく、正にそこに驚いたのだから。






「まあ、そういう事もあって、あんま会いたくないってわけだ」
 怒鳴りすぎて、喉が渇いたらしく、お茶を飲み干すと、本郷刑事は、そう
言って腕を組んだ。
「私情はやめて下さいよ」
「私情のどこが悪い? 仕事じゃないし」
 本郷刑事の言葉に、僕は少しカチンとくる。
 確かにこれは仕事ではない。
 それにしたって、一応知り合いである刑事一人、紹介くらいしてもいい
はずである。
 そう、言おうとした時。
 隣にいた美凪が、足を組みなおして言い放った。
「本郷さん、大人げなーい」
「……」
「昔のこと引きずっちゃって、ダサッ」
「……悪かったよ」
 美凪の言葉に、一瞬怒るのかと思ったが、そうではなかった。
 本郷刑事は、ばつが悪そうに、ちょっと顔を赤らめて笑った。
「久し振りに、聞きたくない奴の名前を聞いちまったもんだからさ……」
「本郷さん」
「いや、ごめん。ホント大人げなかったわ」
「こっちこそ、ごめん」
「いいって」
 本郷刑事は、ますます赤くなりながら、ポケットから小さな手帳を取り出
すと、そこに何やら書き出し千切って、僕に手渡した。
「それが連絡先。悪いけど自分らで会って」
「……有難うございます」
 メモには本郷刑事のサインも入っている。
 本郷刑事が一緒でなくても、これさえあれば、会える可能性は高いだ
ろう。
 僕は、そのメモを大事に折り畳み、ポケットにしまった時。
 どこからか、軽やかな音楽が流れてきた。
「あ、俺だ」
 そう言って、本郷刑事は慌てて携帯を取り出す。
 着音に、流行りのアイドルの曲を入れてるところが、この人らしい。
「……はい。はいわかりました。じゃ」
 短く、そう言うと本郷刑事は慌ただしく立ち上がった。
「なに? 事件?」
 さっそく飛びついてきた美凪を、笑いながら横目で見て、一言だけこう
言って去って行った。
「森でね」




  


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