還らずの森

〜第三章・11〜



「…な、何ですか、もう」
 僕は、ソファに座り直しながら本郷刑事を軽く睨んだ。
 まだ耳元がキンキンする。
 だが、本郷刑事はというと、僕の声など聞こえていないのだろう。がっくり
と項垂れている。
「ね。もしかして加藤さんって人と仲悪いとか?」
「………当たり」
 美凪がそう聞くと、本郷刑事はようやく顔をあげて、げっそりとした様子で
頷いた。
 なるほど。本郷刑事と加藤刑事は仲が悪いというわけか。
 しかし、いくら仲が悪いと言っても、ここまで毛嫌いするのはどういった訳
だろうか?
 さっき羽田から聞いた時には、真面目そうな印象を受けたが、そんなに
悪い人には思えなかったのだ。
 僕がそう言うと、本郷刑事は軽く首を振ってから、わざとらしく大きなため
息をついた。
「はぁぁ。君達は、あいつを知らないから…」
「知るわけないじゃん。だからー、どんな人なんだってば」
 美凪の言う所は尤もである。
 本郷刑事は、もう一度ため息をつくと、ぼそぼそと話し出した。








「あいつ……加藤は、俺の高校の後輩なんだよ」
「へー。部活が同じだったとか?」
「そう」
 美凪が淹れてきたコーヒーに、見ている方が気分が悪くなるほど砂糖を
入れた本郷刑事が短く答えた。
 本郷刑事の話はこうだ。
 二人は高校の柔道部の、先輩と後輩の仲だったそうだ。
 意外にも(といったら怒るだろうが…)主将だった本郷刑事は、まだ一年
ながら、先輩を差し置いて大会にも出場するほどの腕を持つ、この加藤と
いう後輩には、とても目をかけていた。
「奴は、中学で柔道をはじめたというわりに、スジが良くて上手かった」
「でも一年で上手いと、妬まれない?」
 美凪が聞くと、本郷刑事はちょっと笑った。
「普通はね。でもあいつは真面目で、誰よりも朝早く来て、道場の掃除を
したり、俺ら先輩の言う事もよく聞いていたから、はじめはちょっかい出す
奴もいたけど、そのうちいなくなったな……」
「へェ」
 聞けば聞くほど、かなりできた人物に見える。
 嫌う要素がうかがえないのだが…。
「でもさ。いい人っぽいじゃん。うちの学校にいたらモテそ〜」
 美凪も僕と同じ事を考えていたらしい。
 そう言うと、本郷刑事は待ってましたとばかりに食いついてきた。
「そうなんだ! あいつモテやがるんだよ!」
「やっぱり」
「………もしかして本郷さん。後輩がモテてたから気に入らなかったって
わけですか……?」
 僕が呆れたようにそう言うと、本郷刑事は僕を睨みつけた。
「俺は、そんなにちっせぇ男じゃない」
「じゃあ」
「なんで?」
 美凪と僕と、思わず言葉を繋げる。
 すると、本郷刑事は、その時の事を思い出したらしく、小刻みに震えなが
ら、囁くような小さな声を絞り出した。
「……あいつ……おれの彼女も奪いやがったんだ」
「………」
「………え?」
 事務所内に不気味な静寂が流れていたが、それを破ったのは、やはり
幼馴染だった。
「え―――――――? マジ――――――?」
 美凪の素っ頓狂な声が、事務所中に響き渡った。




  

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