還らずの森

〜第三章・9〜



「その刑事に会って、どうするの?」
 羽田が、小さなメモを僕に渡しながら聞いてきた。
「あれから、うちにも連絡ないしさ。それにああいう職業の人って、そんな
簡単に色んな事教えてくれないんじゃない?」
 羽田の言う事は最もだった。
 僕は、そのメモをズボンのポケットに入れてから徐に立ち上がった。
「……まあ、そうかもしれないけど。とりあえず聞いてみたいんだ」
「じゃ。行こっか」
 僕の言葉に、美凪も元気よく立ち上がった。
「え? もう行っちゃうの?」
 羽田も慌てて立ち上がる。
 そして、遅れて宮沢も立ち上がった。
「いいよ。行くのは僕が……あ、美凪と僕だけで」
 本当は、僕が一人でも良かったのだが、美凪に睨まれたのだ。
「あたしも行きたいな〜。探偵助手の仕事とかキョーミあるんだけど…」
「ごめん」
「あ、うん……そうだね。ぞろぞろ行ったら迷惑だよね。うん。遊びじゃな
いわけだし。ね」」
 短く断りを入れると、羽田はすぐに納得してくれたようだ。
「…宮沢は?」
「あ。私は……」
 帰ろうとしたのだろうか。持ってきたバッグに手をかけたが、その手を
羽田に掴まれて、振り返った。
「宮沢は、まだいーじゃん」
「でも…」
「羽田さんがそう言ってるんだから、宮沢はまだここにいたらいいよ。久し
ぶりなんでしょ?」
「うん……でも…」
 躊躇する宮沢の思うところがわかったのだろう。
 羽田は、軽く宮沢の背中を叩きながら言った。
「帰りなら心配しなくていーよ。あたしが送ってあげるからさ」
「……」
「ね?」
「……うん」
 宮沢は、少し笑って漸く頷いた。










「あれー? 今から行くんじゃないのー?」
 家に戻ろうとする僕の後ろで、美凪が不満そうな声を漏らした。
 僕らは、あれからすぐに羽田の家を後にした。
 美凪は、その足で加藤刑事のいる警察署に向かうのだとばかり思って
いたらしい。
 だが僕は、そこではなく住居兼事務所の前に来ていた。
「そんな急に、羽田さんの知り合いの知り合いだって言うだけで、刑事が
簡単に会ってくれるわけないだろう?」
「そうかもしれないけどさ〜。あの時の事件の事でって言ったら話くらい
聞いてくれるんじゃないの?」
「……例えそうだとしても、僕にはその事で刑事さんに言えるような話は
持ってないよ」
 僕が聞いたのは、羽田からの情報だけである。
 その情報なら、加藤刑事だってすでに羽田から聞いているのだ。
「だからさ。衛さんの事………」
「お前、いい加減にしろよな?」
 美凪が、茂木を怪しんでいるのはわかっていた。実際、僕も彼について
は素通りできない存在だとは思っている。
 だが、何の証拠もないのに、刑事に茂木の事を話すわけにはいかない
のだ。
 もし全く関係がなかったら、それこそ名誉棄損で、こちらが不利になる
事もあるのだ。
 そう幼馴染に告げると、美凪はしょんぼりとして肩をすくめた。
「じゃあ、どーすんのさ」
「とりあえず、この事は父さんに話す。それから、できれば本郷さんにも
会えたらって思う…」
 できる限りのつてを―――と、考えたのだ。



  

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