還らずの森

〜第三章・6〜



「適当に座ってて!」
 そう言って、部屋に僕らを招き入れてくれた羽田は、言うが早いが大きく
ドアを開け放したまま、まるで壊すつもりかのような足音を響かせなから、
階段を駆け下りていった。
 下で、母親らしき女性の、何かからかうような笑い声が聞こえてきた。
 しばらくすると、盆にジュースとお菓子を乗せた羽田が、よろよろしながら
戻ってきた。
「お待たせー。うるさくてごめんねー」
「ううん」
 最初に会ったときから、何となくそう思っていたが、この羽田という人物、
僕のうるさい幼馴染に似ている気がした。
 特に、階段の昇り降りや、周りを気にしない大きな声がよく似ている。




 その、羽田はというと、真っ先にジュースに手をつけ、一気に半分まで飲
み干すと、一重の奥の黒眼を輝かせて、僕を見据えた。
「……マジで探偵?」
「というか、助手かな。父さ……父が探偵なんだ」
「へー!」
 羽田は感心したように頷いた。
「ドラマの中だけじゃないんだね。ホントにいるんだ! マジびっくりした!
で、お父さんて浮気調査とかしてんの?」
「遊佐探偵は、そんなつまんない仕事はしないわ!」
 まあ、そういう仕事もする、と僕が言おうとした時、横にいた美凪が、いき
なり断言した。
「遊佐探偵?」
 羽田は、ちょっと驚いたようだが、すぐに美凪に注目する。
 美凪は、大げさに大きく頷いた。
「そうだよ。遊佐探偵はね、日本一の探偵なんだから。そのうち悪の組織
から挑戦状が来て、悪を抹殺するんだよ」
「すげー! マジ?」
「美凪っ!」
 幼馴染の、わけのわからない父自慢は、今に始まったことではないが、
今のは度が過ぎている。
 確かに、そこそこ名の知れた存在だが、日本一などおこがましいし、何よ
り悪の組織などという馬鹿げた所から、挑戦状など来ていないのだ。
「お前! いいかげんいしろよな!」
「えー、でも。日本一だよ、あたしの遊佐探偵は」
「あたしのって、何だ!!」
 どこまで本気で、どこまでが冗談なのか、わからない。
 僕が思わず大きな声を出したとき、くすくすと声を押し殺すような笑い声が
聞こえてきた。
 見ると、宮沢が肩を震わせながら、必死で笑いを堪えている。
「く、くくく……。ごめんなさい……」
 涙でも出たのだろうか。
 片手で目をこすり、もう片方の手は、口元を押さえている。
「ごめんね……。あんまり可笑しくて…」
「ホントっ!」
 ぶはっという、噴き出すような音と共に、羽田も宮沢に同意する。
 こちらは遠慮なしだ。
 大きな口を開けて、高らかに笑いだした。
「……」
「……」
 僕と美凪は、お互い少し赤くなって、目を合わせ―――そして思わず目を
逸らした。



  

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