還らずの森

〜第三章・5〜



 駅へと急ぐと、すでに宮沢が待っていた。
 控え目な色のワンピースに、青い帽子をかぶっている。
「じゃ、行こうか」
 美凪が言うと、宮沢は少し笑顔を見せて、無言で頷いた。




 前の学校のクラスメイトだった羽田という人の家は、駅からそう離れて
はいなかった。
 最寄りの駅から、徒歩で十五分程度だろうか?
 結構小奇麗な、住宅街の中にあった。
 実は、宮沢自身、この家には来た事がないそうだ。
 以前もらった住所のメモを頼りに、ここまで来たのだった。「羽田」と書か
れた表札を前にして、宮沢は困惑したような顔で、後ろに控えていた僕ら
を振り返る。
「……どうしたらいいと思う?」
「え。どしたらって?」
 美凪は、目をぱちくりとさせる。
「チャイム押したら?」
「で、でも何て言ったらいいの?」
「宮沢、今日行くって連絡したんでしょ?」
「したけど……、でも羽田さんのお母さんと話しただけだし……」
「しょーがないなー、もう」
 それだけ言うと、門の前で突っ立ったままの宮沢を、ぐいと押しのけて、
美凪が構わず呼び鈴を鳴らす。
 遠くの方で、チャイムの音が聞こえて、宮沢が慌てた。
「やだっ。どうして…!」
「どうしてって……押さなきゃ気づいてもらえないじゃん」
「それはそうだけど…」
 ここまできて、往生際の悪い宮沢に、美凪が何か言おうとした時、家の
扉が僅かに開いて、誰かが顔を出した。
 短く切られた茶色い髪だった。
 美凪同様日に焼けた顔が、一瞬驚いたように広がったが、すぐに顔中
笑顔になり、扉を大きく開けると、まるで外国映画のヒロインのように両手
を広げて駆け寄ってきた。
「…宮沢ぁ!!」
「羽田さん……」
 バレーをやっていると聞いたわりに、羽田という人はそんなに背は高くな
かった。
 だが俊敏そうなその腕で、宮沢の細い体を、強く抱きしめて、またすぐに
離して宮沢の顔を見据えた。
「何だ! 元気そうじゃないか! 心配してたんだから!」
「ごめんね…」
 元気そうな元クラスメイトの顔を見て、ホッとしたのだろうか。
 笑顔のまま、宮沢の目から大粒の涙がこぼれ出した。
 それを見て、羽田は少し笑う。
「……そして相変わらず、よく泣くなぁ」
「ごめん…」
「いいって。いいって」
 宮沢から聞いた通り、気さくな雰囲気の人だった。
 その羽田は、まるで今僕らに気がついたかのように顔をあげ、少しだけ
会釈をして、首をかしげた。
「………あんたらは、誰?」
「あ」
 宮沢は、僕らの事は話していなかったようだ。
 慌てて簡単に紹介してくれる。
「あの、今の学校のクラスの人で、美凪さんと遊佐君」
「なーんだ。宮沢が彼氏連れて来たのかと思ったのに。彼女付きだから
変だな〜とは思ったんだけど」
 それを聞いて、宮沢の顔が、さっと赤くなった。
 さっきよりも慌てて、紹介を付け足す。
「違うわよ…! 遊佐君はね、探偵なのよ」
「たんてい?」
 羽田の目が、興味で瞬いた。



  

inserted by FC2 system