還らずの森

〜第三章・1〜



 緑の中にしゃがみ込んでいた。
 友達と、鬼ごっこをして遊んでいるのだ。
 少し前に、遠くの方で誰かが見つかったのか、小さな叫び声と笑い声が
聞こえてきたが、それからは、ずっと静かなままだ。

―――わたしが最後かな?

 みんな、今頃必死になって探しているのだろう。
 その光景を思い浮かべて、ちょっとニンマリする。
 だが、待てど暮らせど、誰も探しに来ない。
 まさか、と立ち上がる。

―――みんな、わたしを置いて帰っちゃた?

 緑の森の中は、不気味なほど静かだ。
 子供の笑い声はおろか、小鳥のさえずりさえも聞こえない。
 ああ、そうだった。
 前にもこんなことがなかったか?
 友達に近づこうとすると、みんなが逃げていくのだ。
 みんなは、何て言っていた?

―――ヒトゴロシの子だ!
―――捕まったら、コロされるぞ!

 そうだった。
 鬼ごっこをしていたんじゃなかったのだ。
 そう言って、からかう人たちから、逃げて隠れていたのだ。

―――もう、誰も追ってこないよね?

 と、ざざざという不快な音がして振り向くと、数人こちらへ向かって来るの
が見えた。
 慌てて、身をひるがえして森の奥へと走り出す。

―――いたぞ! 捕まえろ!
―――ヒトゴロシの子がいたぞ!

 違うのに。
 わたしは違うのに!
 何度も叫ぶが、誰の耳にも入らないようだ。
 あの人たちに捕まったら、どうなるんだろう?
 助けて。
 助けて。
 助けて!

―――こっちだよ。

 ふいに耳元で声がして振り向くと、優しい笑顔の少年がいた。
 わたしの腕を、軽く握ると、更に奥へと促す。

―――大丈夫だよ。

 わたしの不安な気持ちを察したのか、優しく囁いた。

―――もう大丈夫。

 振り向くと、逃れたのだろうか? 誰も向って来なかった。
 あたたかい手の持ち主は、また笑った。
 わたしは、この少年を知っている。
 そうだ。仲の良い、あの子じゃないか。

―――……くん。

 それなのに、どうしても名前が思い出せない。
 あんなに仲が良かったのに。
 この少年は、知っている子なのに。
 助けてもらったのに。
 喉元まで出かかっている、その少年の名前が、どうしても出てこないの
だ。
 どうしようもなく、苛々とした気持ちになる。
 気になって仕方がない。
 嫌な気持ちにさせるのを承知で、聞いてみる。

―――あなたの名前は?


 少年は、眩しい緑の中で、ただ笑うだけだった。




  

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