還らずの森

〜第二章・17〜



「聞きたい事ってなにかしら」
 園長は、先ほどと同じ椅子に座り、向かいに座った僕に、小声で尋ねた。
「あの…」
「なに?」
「……宮沢さんのお父さんの事を聞きたいんです」
「………どう、して?」
 園長はなぜか、一瞬絶句したように言葉を詰まらせた。
 平静を装ってはいるが、素人の目にも動揺しているのは明らかだった。
「前に、宮沢さんに聞いたら、お父さんはいないわけでも亡くなった訳でも
なく、ただわからないって。急にいなくなったと言ってました」
 事務所でのやりとりを思い出す。
 宮沢の答えは、はっきりしなかった。
「それで、あの僕の勝手な思い込みなんですけど、宮沢さんのお父さんは
……その、蒸発…とかですか?」
「……」
 園長は黙って、僕の目をまっすぐ見ながら、返答ではなく別の事を聞いて
きた。
「君は……遊佐君は、どうしてこんなにあの子の事に親身になってくれるの
かしら?」
 園長の問いは、尤もかもしれなかった。
「……僕は…僕がこの件を解決するって言ったんです。だからちゃんと自分
で責任もって最後までやり遂げたい…です」
 ここに来た時、自分は宮沢が依頼した、探偵の息子であることは告げてい
た。
 僕の答えは、答えになっていないかもしれなかった。
 だが、これは本心だった。
 園長は、じっと僕を見ていたが、視線をテーブルに移すと、小さく息を吐い
た。
「君は信頼できそうね。そうね……調べればそのうちわかってしまう事だし、
話す方がいいかもね。うん…蒸発じゃないわね」
「…蒸発じゃないんですか?」
「ええ。生きてるし、いる場所もわかってるわ」
「どこに…」
「刑務所」
「………」
 一瞬、それが何の言葉かわからなかった。
 けいむしょ?
 ということは――――。
「宮沢…さんのお父さんは…」
「ええ。ある殺人事件の容疑者なのよ」










「これは…私とあと一人の職員しか知らない事よ」
 園長は小さな声で色々と思い出すように、途切れ途切れに語ってくれた。
 それはもう何年も前の話だった。
 小さな町で、その事件は起きた。一家が殺害されたのだ。
「酷い有り様だったらしいわ。私は新聞やニュースでしか知らないけど、無差
別に刃物で斬りつけたんだって」
「その家は…」
「……由希の…宮沢家の近所よ」
「それで、宮沢さんのお父さんが容疑者に?」
 園長は頷いた。
「否認してたみたいだけど、証拠がありすぎたのよ。その家とは特に付き合
いはなかったらしいんだけど、お父さんは、近所でも有名な迷惑者だったみ
たいで、酔っては大声で夜中に喚いたり、近所の人に悪態ついたり…」
「それで、その家の人と口論にでもなって? でも証拠には…」
「そのとき、何があったかわからないけど、お父さんはその事件の次の日の
朝、血のついたシャツを着て歩いている所を逮捕されたのよ」
「…凶器は…」
「包丁だったんだけど、その時は持ってなくて、警察が付近を捜索してね、す
ぐ裏に広がっている森の中で発見したそうよ」
「森、ですか」



  


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