還らずの森

〜第二章・14〜



 意外な人物の登場に、僕は暫らく茂木の顔を見つめていた。それは美凪
も同じらしく、僕と同じように彼を見ていた。
 茂木は、居心地悪そうに、帽子をかぶりなおすと、ため息混じりに呟いた。
「…そんなに驚いた?」
「え…?」
「これ」
 茂木は、地面で砕け散った植木鉢を指差した。
「…あ、ああ。すいません…」
 思っていた以上に、じっと見つめていたらしい。僕は慌てて立ち上がり、急
いで謝った。
「これにも驚いたんですけど……まさかここであなたに会えるとは思っても
みなかったんで」
「……ああ、そういうことか」
 納得したのか、それだけ言うと、茂木はまだ座りこんだままの宮沢に手を
差し伸べた。宮沢は、おずおずと手を伸ばしながら「すいません」と小さな声
で礼を言い、ゆっくりと立ち上がった。
 美凪が、まだ青い顔の宮沢を支えてやる。
「でもホント、びっくりしたー」
「う…うん」
 宮沢も、足元で砕けている植木鉢を、恐々と見下ろす。
 本当に間一髪だった。
 茂木がいなかったら、頭上に落ちていたかもしれなかった。
「まもるさん有難う。偶然でも助かったよ」
「まもるさん? 美凪さんの知り合いなの?」
「ううん。そういうわけじゃないけど…」
 美凪が口篭もった。
 軽々しく、依頼人――といっても依頼はしてないのだが――であると他人
にもらしてはいけない事は、そそっかしい幼馴染にもわかっているようだ。
 宮沢は、少し首を傾げたが、それ以上聞いてはいけないのかと判断した
ようで、口を閉じた。
 だが、茂木が自ら僕達との係わり合いをもらしてしまった。
「この間、彼の事務所に依頼に行ったんだ」
「も、茂木さん」
「依頼しようと思ったんだけどね。気が変わってやめたんだ」
 たいていの依頼人は、探偵事務所に出入りしたのを、他人に知られる事
を嫌う。だから、うちの事務所も、駅からやや離れた、裏通りのビルにあり、
看板も控え目につけてある。
 しかし茂木という男は、全く気にならないらしい。更に続けた。
「依頼して任せるより、自分でやった方が確実かと思ってね」
「…え?」
「やっぱり思った通りだった」
「あの…」
 茂木はひとり頷きながら、宮沢を見つめている。
 僕も美凪も、そして多分宮沢にも茂木の言う意味がわからなかった。
「あの…どういうことですか?」
「彼女を危機から守って欲しかったんだよ。でも俺が自分で守って正解だっ
たろう?」
「彼女……って」
 僕と美凪は、揃って宮沢を振りかえった。
 当の宮沢は、何が何だかわからない、というように、僕と美凪、それから
茂木の顔を、交互に見つめていた。
「俺の婚約者が危ない目に遭っているのを、黙って見てはいられないだろ
う?」
「え?」
 それは考えも付かなかった発言だった。
 茂木は宮沢の婚約者なのだという。
 僕と美凪は、あまりの事に思わず顔を見合わせる。
「うそっ。マジで? それってホント? 宮沢ぁ」
「そうだよな。由希」
 宮沢の黒い目が、大きく見開いた。



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