還らずの森

〜第二章・11〜



 本郷刑事は、剃り残ったひげを弾くように、ぽりぽりと顎をかいた。
「……どうして、いきなりそんな昔の事を聞くの」
「……」
「秋緒くん?」
「よく…自分でも、よくわからないんだけど。でも急に気になって」
「気になったら、止まらなくなっちゃったんだね?」
 僕は小さく頷いた。
 そうなのだ。
 これは、もう過去に何度か色々な人に聞き、自分でも納得した筈だった
―――のだが。
 もどかしいほどに、この気持ちを上手く伝えられないでいた。
 父に聞いても、美凪の家族に聞いても僕の望む答えは言ってはくれない
だろう。だから、本郷刑事のところへ来たのだ。
 僕の望む答え―――それは―――。
「なんだか、解決した事件を最初からほじくり返してる気分だね」
 本郷刑事の声に、俯いていた僕は、顔を上げる。
「犯人は、わかっているのに、それは納得できないって、はじめから事件を
あらっているような気分じゃないか?」
「………わかってるんですよ。病気で死んだんでしょ? 父さんも皆もそう
言ってるし」
「うん」
「だけど、僕は母さんの死に顔を見ていないんだ…。大人達に見ない方が
いいって言われて……その時の事は、あまり覚えていないけど、僕は納
得して従ったんだ。でも……」
 もう十年以上前の事だ。
 僕が幼稚園に行っていた時の事だ。
 必死で、その時の事を思い出そうとするが、断片的にしか思い出せない
でいた。
「秋緒君は、事件であって欲しいみたいだね」
「……!」
 どきりとした。
 まるで、僕の奥底の心の中を覗かれたような気分だった。一瞬、体中か
ら汗がふきでたような感覚に襲われ、僕は目の前の本郷刑事を見た。
「……な」
「図星?」
「そんな。親が事件で死んだなんて……」
 そんな不謹慎な事は考えていない。そう言おうとして、僕は口を噤んだ。
果たして、そう言い切れるのか自信がなかった。
 最悪の事を考えているわけではない。
 ただ―――もし事件が絡んでいるのであれば、知りたかった。
 どうして、そんな事になったのか?
 犯人は?
 逃げたのか、捕まったのか?
 そして。
 そして何故、誰もがその事を隠そうとするのか?
「病気って言っても、信用しないぞって顔だな」
「僕は……ただ本当の事が知りたいだけなんだ」
「…病死だよ」
「……帰ります。寝ていたのに、すいませんでした」
 それだけ言うと、僕は本郷刑事の顔も見ずに立ち上がり、足早に玄関へ
向かった。
 無言で靴をはく僕の背中に、本郷刑事の眠そうな声が聞こえた。
「真実なんて、あるようで、ないものなんじゃないの?」
 僕は背を向けたまま、扉を閉めた。









「そう。さっきまでここにいたんだけどね」
 携帯を片手に、もう片手では器用に煙草の箱の底を、ぽんと弾いて、中
から一本取り出し、口にくわえる。
「うん、そう。だからそろそろそっちに着くんじゃない?」
 ひとつ煙をはくと、携帯電話の向こうの人物に、囁くように問い掛ける。
「わかるでしょ? ここへ来た理由」
『何が?』
「……ホント、とぼけるのが上手い」
『………』
「秋緒くん、探偵っぽくなってきたね」
『まさか』
 電話の主は、少し笑ったようだ。
『かいかぶり過ぎだよ、本郷君は』
「ま、いいけどさ。タヌキも程々にしないと、後で後悔するかもよ? じゃ」
 電話の向こうで、何か声がしたが、本郷刑事はそれを無視して、一方的
に電源を切った。
 そして、携帯を畳みに転がすと、シミだらけの天井へ、またひとつ煙をは
いた。



  

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