還らずの森

〜第二章・4〜



「……企業秘密です」
 昨日の今日だ。
 学校だってある。何も進んではいない事くらい、本郷刑事にもわかっている
はずなのに。
 この人は、わかっていながら聞いているのだ。
 僕が、目を合わせないように呟くと「あらら」と言って、肩をすくめると、ソファ
に沈んだ。
 僕は、ちらりと本郷刑事を見る。
 先ほどは、気にならないと言ったが、実のところかなり気になっていた。
 彼がたまにここへ顔を出すのは、仕事帰りだったりする事が多い。だが、最
近はちょくちょくやって来ている。しかも、父に用があるらしい。
 僕は父の仕事に口を挟まない。
 父も家庭に仕事の話を持ち込まない。
 だから、僕はいま父が、どんな仕事をかかえているのかわからない。今ま
では、興味すら持たなかったが、何故か気になってしかたがなかった。
 父は、刑事に何か要請しなくてはならない仕事を請け負っているのだろう
か?
「なんだい?」
「え…」
「俺に何か、聞きたい事でもあるのかい?」
 自分でも気付かず、本郷刑事をじっと見つめていたらしい。
「別に…」
 素直じゃない、と自分でも思う。
 わかってはいるが、この性格をすぐになおす事などできない。美凪だったら
飛びついて聞きまくるのだろう。
 そう考えると、なんだか悔しくて、僕はまた目を逸らした。
 すると、クックという含み笑いが聞こえて、本郷刑事を振り返った。
「素直じゃないなぁ君は」
「だから……僕は別に」
「いやホント、親父さんそっくりだぜ」
「………」
「まあまあ、そう睨むなよ。気になるんでしょ、これ」
 笑いながら、本郷刑事は上着の内ポケットから茶封筒を取り出した。
 ノートより一回り小さいサイズの、その封筒には、きっちりと封がしてある。
「それは?」
「君のね、親父さんの頼まれもん」
 そう言って、封筒をポンとテーブルに置く。
 封筒はかなり薄かった。書類か何かが一〜二枚入っているだけなのだろ
う。
「この中のもの…気になる?」
「……うん」
 やっと素直に頷いた僕を見て、本郷刑事は満足そうに笑うと、カップに残っ
たコーヒーを一気に飲み干した。
「ま、親父さんの仕事の内容については、俺も詳しくはわからないし、知って
る事を話す事はできないけどね」
 その前置きに、僕は無言で頷いた。
「これね。昔の事件の書類なんだ」
「昔の?」
「うん。そうだな、秋緒君が幼稚園くらいの時の事件かな。だからきっと覚え
てないだろうね」
 それはそうだろう。
 その頃、死んでしまった母親の事でさえ、僕ははっきりと思い出せないのだ
から。
「それ。どんな事件だったんですか」
「……東京近郊でね、一家惨殺という事件なんだけどね。こう刃物で斬り付け
たんだ」
「へえ…。全員殺されたんだ」
「ん、いや一人だけ男の子が助かったんだっけな」
「ふぅん。じゃあその子だけ助かって、他の家族は亡くなったんだ」
「そういう事だね」
 その少年は一人になって、どうしたのだろうか。
 僕は、ふと宮沢を思い出す。
 少年も、宮沢のように施設で暮しているのだろうか―――。
「犯人は……まだ捕まっていないんですか?」
「いや。捕まったよ。いわゆる顔見知りの犯行だったんだ」



  

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