還らずの森

〜第二章・1〜



 一面の緑だった―――。
 みどり。
 みどりいろ。


 誰が言ったのだろう? 緑は爽やかな色だなど。
 息もできないくらいの緑が襲ってくる―――。



 小さく深呼吸して。
 ぐるりと一回転してみる。
 新緑の緑ではない。
 深い、暗い緑だ。
 恐る恐る、手を伸ばして目の前の緑色を触ってみる。

 ―――葉?

 葉っぱの感触も、木の温もりも感じられない。だが、それは明かに木の葉だ
った。緑色の息苦しさに、恐怖すら感じていたが、その緑の正体が木の葉であ
るとわかると、少し安心した。

 ―――なんだ。葉っぱだったんだ。

 改めてよく見ると、そこは森の中だった。
 森の中だから、周りが緑一色に見えたのだ。そう、思うと今まで怖がってい
た事さえ、滑稽に思えてくる。

 ―――ああ、そうか。また森で迷ったんだ。

 そう。
 また迷ったのだ。
 納得して、森の中で一歩足を踏み出す。

 ―――また?

 自分で思った事なのに、その矛盾に足を止める。
 なぜ「また」と思ったのだろう。
 自分は前にも、森で迷ったのだろうか?
 いつ?
 思い出せない。
 前にも迷った時は、どうしたのだろう? ちゃんと帰れたのだろうか。そして、
なぜ今、また自分はここにいるのだろう?
 突然の疑問に、ふいにある言葉が恐怖となって蘇ってくる。

 ―――ひとごろし。

 そうだった。
 自分は人殺しに追いかけられていたのではないか?
 「ひゅう」と声にならない空気だけが、喉を通った。そして、こんな所で、のん
びりしていた自分に驚き、慌てた。

 ―――逃げなくちゃ! 早く! どこかへ!

 緑の中を、無我夢中でかけ抜ける。
 そうだった。
 前に森で迷った時も、人殺しに追いかけられていたのではないか? その時
はどうしたのだろう? 無事に逃げ切ったのか? そしてなぜ自分はまたここ
にいるのだろう?
 そんなに前の事ではないはずなのに。
 だが、全く思い出せない。
 一面の緑だった。
 みどり。
 みどりいろ。
 早く、ここを抜けなくては―――殺される!

 ―――家だ。

 急だった。
 本当に、急に目の前に大きな家が現れたのだ。
 緑色の大きな家だった。
 屋根も壁も―――全てが緑色だった。
 二、三歩後さずると、家を背にしてまた走り出す。






 一面の緑だった。



  

inserted by FC2 system