還らずの森

〜第一章・12〜



「昔の事件?」
 美凪がそう言いながら、身を乗り出す。
「それって、なに?」
「それは…」
「それは?」
「秘密」
 身を乗り出していた美凪は、力が抜けたように、がっくりと頭を垂れた。そして
すぐに顔を上げ、横でニヤニヤと笑っている本郷刑事を睨みつける。
「えー? なんだよー! もう」
 本郷刑事は、まだ笑いながら、美凪の頭を、軽くポンと叩いた。
「一応お仕事なのね。一般人にはお教えできません」
「…けち」
 軽くだから、別に痛くもないはずなのに、美凪は叩かれた頭をさすりながら、唇
を少し突き出し、不満そうにそっぽを向いた。
「ごめんよ」
 本郷刑事は、申しわけなさそうに謝る。
「美凪お前、我が侭言って、本郷さんを困らすなよな」
「わかってるよー…」
 本郷刑事は、僕に叱られて、しおれてしまった美凪の頭を、また叩いた。
「美凪ちゃんが、本物の探偵になったら……ね」
「美凪ちゃんが継いでくれるのかい?」
 後ろから声がして、全く予想をしていなかった僕達は、全員驚いて、体を強張ら
せた。
 僕らの、そんな様子を見て、声の主は頭をかいた。
「…内緒の話だったの? 悪かったかな」
「おじさん!」
 美凪が本郷刑事の体を押し退け、嬉しそうな声を上げる。
「早かったね、父さん」
「うん」
 そう頷いて、この事務所の所長であり、僕の父親でもある遊佐春樹その人が、
僕達を見まわし、にっこりと笑った。









「有難う。美凪ちゃん」
「ううん」
 本郷刑事の時は、全く動こうともしなかった美凪だが、父がソファに腰掛けたと
同時に立ち上がり、湯沸室でお茶を淹れると、いそいそと盆に乗せて運んできた
のだ。
「美凪ちゃん。俺にも…」
「はぁい」
 本郷刑事が、差し出したカップを、嫌な顔せずに受取ると、美凪はまるでよく気
のつく新妻のように、軽い足取りで、部屋を出て行った。
 多分、父が見ているからなのだろう。
 ここに父が居なかったら、きっと「自分でやってよね」と冷たく言い放っていたに
違いない―――。
「ところで、この子は誰だい?」
 美凪が本郷刑事のコーヒーを持って戻って来た時、父は一番隅っこに、緊張し
た面持ちで座っていた、宮沢に笑いかける。
「クラスの子?」
「あ、ああ、そうなんだ」
 うっかりと忘れかけていた僕は、慌てて宮沢を紹介する。
 何しろ、今日まさか帰って来るとは思わなかったものだから、宮沢の事を相談
するのは、また今度……という気持ちでいたのだ。
「そうか、転校生か。よろしくね宮沢さん」
「あ、はい…」
 宮沢は少し赤くなって、頭を下げた。
「……な、父さん。この後も仕事があるのか?」
「いいや? 今日はお終いだよ」
 それを聞いて、安心する。
 僕は宮沢から聞いた話を、ざっと父に説明した。
 本郷刑事もいたが、ストーカーの事件だとすれば、警察がいた方が、後々有利
だと思い、僕はその場で話した。
 父は無言で、何度も頷き、たまに宮沢をちらりと見ながら、僕の話を最後まで聞
いてくれた。
「…なるほどねぇ」
 聞き終わると、父は宮沢へ向き直る。
 宮沢も慌てて、背筋を伸ばし、また頭を下げた。
「宮沢さん。いくつか質問してもいいかな?」
「は、はい」
「こういう物が落ちてくる、とか以外に身の危険を感じた事はある?」
 宮沢は、小さく頷いた。
「そう。じゃあ思い出せるだけでいいから、教えてもらえるかな?」
「はい…」
 穏やかな口調の父の声に、宮沢は緊張が少しは解けたのだろうか。ぽつりぽつ
りと、今までの事を、話し出した。




  

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