還らずの森

〜第一章・7〜



 それは青い陶器でできた、植木鉢のようだった。
 無残に砕け散った、陶器の破片は美凪たちが立っている場所から、離れた場所
にまで、飛び散っていた。
 植木鉢に植えてあったのだろうか。
 オレンジ色の花が、破片の真ん中で、根っこから飛び出して、舗道に転がってい
る。
「………」
 美凪は、恐る恐る上を見上げる。
 この植木鉢は、美凪の頭上から落ちてきたのだ。
 二人が立っている横には、十階以上はありそうなマンションが建っていた。そこ
の住民が、間違えて落としたものか。もしくは子供の悪戯か。どちらにしても、落し
た張本人が、ベランダか窓から顔を出していると思ったのだ。
 鼻先で落ちてきたにもかかわらず、美凪は無傷だった。
 破片が体に当たった気がしたのだが、制服の上からだからか、痛くもなかった。
 だが、一歩間違えば、怪我だけでは済まなかっただろう。
 もし頭に落ちて、打ち所が悪ければ、死んでいたかもしれないのだ。
(あったまきた!)
 恐怖は、次第に怒りに変わる。
(誰だか知らないけど、ここまで来て謝ってもらうんだ!)
 美凪は、マンションのベランダ全てを、睨み付けた。
 だが、誰もベランダから顔を出す者はいない。
 怖くなって、隠れているのだろうか?
 そうも思ったが、マンション自体に、ひと気がないのだ。
 まだ新しいのか、「入居者募集」と大きく書かれた看板が、マンションの入口に、
立て掛けられている。まだ全室埋まっていないようだが、住んでいる人はいるらし
く、ベランダにはたくさんの洗濯物や布団が干されていた。
 ひと気がないのは、住人のほとんどが働きに出ているからだろうか。それとも単
にこの時間は、元々ひと気がないのだろうか―――。


 まるで、ここに取り残されてしまったよう…。
 その時、美凪はそう感じた。
 バスを降りて、ここへ来た時も、静かな場所だと思ったが、不自然なくらいに今
は静かなのだ。
 車も、道を行く人も誰もいない。
 話し声も、鳥のさえずりさえも。
 その奇妙な感覚に、美凪は、目の前で真っ青になり震えている、クラスメイトを、
ゆっくりと見た。
 最初は、この事態に驚いて震えているのだと思ったが、宮沢の口から出た言葉
は、美凪を困惑させた。
「…ごめんね」
「え?」
 宮沢は、美凪と一緒に歩いていたのだ。
 見た所、美凪同様、怪我はないようだが、もしかしたら、宮沢に当たっていたの
かもしれないのだ。だから言わば被害者である宮沢が、謝る必要はないはずだっ
た。
「え? なんで?」
「本当に、ごめんなさい……」
「だから、どうして宮沢が謝るのー?」
「私のせいで…ごめんね。本当にごめんね!」
 そう言うが早いが、宮沢はその場から逃げ出すかのように走り出した。
「待って!」
 宮沢は、一度も振り返る事なく、美凪の目の前から消えてしまった。








「…ふぅん」
 カップに残ったコーヒーを、一気に飲み干すと、東海林さんはそう一言だけ呟い
た。
「それで、あたしも怖くなって、すぐに帰ってきたんだ」
「誰もいなかったの?」
「うん」
「ふぅん…」
 美凪の言葉を聞いて、東海林さんは、さっきと同じように呟いて、腕を組んだ。
 昨日の夕方、家に辿りついてすぐ、美凪は僕に電話してきたのだ。
 だが、興奮しているからか、美凪の話は要領を得ず、「明日にしてくれ」と言い、
僕は電話を切った。そして幼馴染は、昼過ぎに早速、この事務所に来て、昨日あ
った出来事を話し出したのだ。
「偶然だよ」
 僕が素っ気無く、そう言うと、美凪は両頬を軽く膨らませて振り返った。




  

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