還らずの森

〜第一章・4〜



「あの…ごめんね?」
 周りの少し張詰めたような雰囲気に、宮沢が顔色を窺うように謝った。
「あのね、あの……施設って言っても変な所じゃないし…」
「あ、ああ…そうなんだー…」
「へえ…」
 多分、誰もがどう答えたらいいのかわからないのだろう。
 美凪も、どう接していいのかわからないらしく、ちらちらと宮沢を見ては、困ったよ
うに、視線を外している。
 宮沢自身も、言わなければよかった、と後悔してるのだろうか。
 申し訳なさそうに、俯いてしまった。

(人のプライベートに遠慮なく踏み込むからだ……)

 僕は、女子達の輪を横目で眺めながら、軽くため息をついた。
 まったく、どうして女って、何でも聞きたがるんだろう?
 女子達が無遠慮に聞いて、それに対して、宮沢も後先考えず、施設の事に口を
ついた結果だろう。
 転校生を囲み、誰も何も言わずに、全員が下を向いたり、そわそわと落ち付きな
く隣の者と、目配せしている。
「こら席につけー」
 その声に、教室にいた生徒全員が振り向いた。
 先生が、両手に白い紙袋を下げて立っている。どうやら教科書などが入っている
のだろう。「よっこいしょ」という掛け声とともに、紙袋を教壇に持ち上げた。
 その後ろから、クラスメイトの男子二人が、同じような紙袋を抱えて、よろよろし
ながら入って来る。
「お。ご苦労さん」
 きっと歩いていた所を、うっかり先生に見つかり、教室まで運ぶのを手伝わされ
たのだろう―――気の毒に…。
だが、この先生が来た事で、転校生を囲んでいた女子達は、心底ほっとしたに違
いない。
 渡りに船といった様子で、慌てて席に戻っている。
 僕は、そっと宮沢を見た。
 宮沢は少し青い顔で、口をきゅっと結んだまま、下を向いていた。
 きっと、この宮沢とは、卒業までの一年間、まともに話す事もないだろう。僕はも
ともと女子に友人も少なく、用がない限り自分から話しかけもしない。
 女の子に興味がないわけではないが、何だか面倒くさくて、彼女が欲しいとは、
特に考えていなかった。
 宮沢由希。
 卒業して、何年か経ってアルバムを開いても、彼女の名前も顔すらも覚えてい
ないかもしれない―――。
 僕はこの時、そんな事を勝手に想像していた。
 まさか、この宮沢が、数年経っても記憶に留まるような人物には思えなかったか
らだ。












「秋緒は、どう思う?」
 革張りのソファーに、だらしなく胡座をかいて―――勿論スカートではない――
スナック菓子の箱を片手に、美凪が僕に声をかけた。
「……なにが」
「何だよ、もー! 聞いてなかったのかよ」
「それより、何でお前はここにいるんだよ?」
「いーじゃん別に〜」
 美凪は、お構いなしといったように、箱から菓子を取り出すと、子供のように頬
張った。
 ここは、僕の父親の仕事場―――つまり「遊佐探偵事務所」の応接間だ。
 小さなビルの二階にある。
 八畳程度の部屋の中央に、ソファーとテーブルが置いてあり、半分をし切りで塞
いで、そこに事務用の机が置いてある。
 派手そうな仕事によく言われるが、実際の仕事内容も、事務所の中も地味だっ
た。
 所長である父親は、仕事らしく外出中だった。
 事務所には誰もいないと電話の対応に困るので、家にいる時は、僕がこうやっ
てたまに留守番をしている。勿論、美凪は留守番を頼まれた訳ではない。この、
趣味の悪い幼馴染は、僕の父―――遊佐春樹に憧れているらしく、暇さえあれば
こうやって呼んでもいないのに、事務所に顔を出すのだ。
 つい三十分前にやって来て、父が外出と知ると、がっかりしたようにソファーに
沈んで、何か一方的に話しかけていた。
「大事な話だったんだから、真面目に聞いてよね」
「……大事?」
 菓子を頬張りながらで、大事な話とは思えないが……。
 そう思い、僕が参考書から顔を上げた時だった。
「あ。こんにちはー東海林さん」
「こんにちは。美凪ちゃん」
 事務所のドアの前に、黒いメットをした人物が入って来た。
 この探偵事務所の唯一の所員、東海林さんだった。



  

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