還らずの森

〜第一章・1〜



 両肘を机に乗せ、頬杖をつく格好で、僕は今日何度目かのため息をつく。
 最悪だ。
 春だというのに、最悪だった。





 四月。
 僕は今日から高校三年になる。
 他の学校はどうだかわからないが、僕らの高校は、毎年クラス替えがある。ここは、
有名な進学校ではないが、二年の夏休み前に、卒業後の進路を聞かれるのだ。
 それで、だいたいではあるらしいが、進学希望、就職希望などクラスごとに振り分け
られる。
 僕は勿論、進学―――大学に進学希望だった。
 教師を目指しているからだ。
 父親は、いわゆる自営業だが、僕は後を継ぐ気はなかった。父も、特に何も言わない
ので、無理に継がなくてもいいのだろう。
 昨年の夏休みに、その父の所為で―――だと、僕は今でも思っている―――僕は、
少々哀しい事件に遭遇した。
 もうあんな事件に係わるのは、まっぴらだった。
 だが、あれから半年以上、特に何の事件に係わることもなく、僕は受験に向けて、心
機一転頑張っていた。
 そして進学クラスになり、高校最後の一年を、自分の夢に向けて費やすつもりだった。


 それなのに―――。


「何で、お前が同じクラスなんだよ!」
「はじめて、同じクラスになったね秋緒!」
 精一杯の皮肉を込めて、そう言い放ったのだが、この幼馴染には通用しなかったよう
だ。満面の笑みで、僕と同じように頬杖ついて、そう返してきた。
「一年も二年も、別々だったじゃん? 中学ではずっと同じクラスだったのにさ〜」
「……その二年間は、僕にとっちゃパラダイスだったよ」
「え? 何か言った?」
「別に…」
 僕は、視線を逸らして、そっとため息をつく。
 そうなのだ。
 小さな時から一緒にいる、この幼馴染が、今日から同じクラスなのだ。
 別に彼女が嫌いという訳ではない。
 無遠慮で図々しいが、気は良いし、他の女子に比べて気取ったところがなく、さっぱり
とした性格の持ち主だ。
「だいたい、お前が進学クラスなんて……」
「あたしもさ〜、大学行こうかなって思ってさ〜」
「……ふぅん」
 初耳だ。
 今まで、卒業後の進路など聞いたことがなかったからだ。
 でも僕には関係ない話だった。
 この幼馴染が、どこへ行こうと関係ない――――。
「やっぱさ。おじさんの手伝いするなら、大学くらい行って、しゅぎょーとかしないとね!」
「は?」
 関係ない、と話を半分も聞いていなかった僕だが、この言葉に驚き、幼馴染を振り返
る。
「なんだって?」
「だからさー。秋緒のお父さんの弟子になるの!」
「弟子?」
「お母さんも、別にいいって言ってたよ」
 僕は、目の前の幼馴染を凝視する。
 何を言っているんだ!?
「冗談は、よせよ」
「本気だよ? あたし探偵助手になるんだから」
 僕は、くらりとして眉間の辺りを指で押さえた。助手だと? この幼馴染が?
「へー! じゃあ美凪ってば、やっぱ遊佐んとこに嫁に行くわけだ」
「違うよ〜。そうじゃないよ〜」
 美凪は、後ろから割り込んできたクラスメイトの柴田 梓を軽く睨む。
「あたしはさ、秋緒のお父さんの大ファンなの」
「わかったわかった。そういう事にしとくからさ!」
「だからー!」
 僕と美凪を、交互に見ながら、梓はニヤニヤ笑っている。大きな声なのは、多分わざ
となのだろう。教室にいた他の生徒も、興味深々な目で、僕らを見ている。
 これが嫌なのだ。
 どうも世間では、僕と美凪は付き合っていると思われているらしいのだ。
 当然の事ながら、そんな事は一切ない。
 だいたい、幼馴染だというだけで、付き合っているとか勝手に決めつけないでほしい
ものだ。


  

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