「見えない目撃者」
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 僕はアパート近くの家の塀のかげから、二人をそっと窺った。
 トシオと彼女は、しばらく何か言いあっていたが、彼女はすぐに家へと帰っていった。
 どうやら、トシオの家は彼女にとっての、ちょっとした避難場所だったらしい。





「奥さんもね…たまに顔に痣をつくってたり…」

 他の誰かが、またカメラに向かって話している。
 そうだ…。
 僕も見た事がある。
 近所の誰かに「どうしたの?」と聞かれて、「ちょっとぶつけて…」とか適当な事を言ってたっけ。

「こんな事になるなんて…信じられないわ」
「すみません。あまり話した事はなくって……」
「強盗なんですか? 恐いわぁ」

 みんな勝手な事ばかり言ってるな〜。
 僕は人垣からそっと警察の人を見て、声を掛けた。



「僕、犯人知ってるよ」



 だけど、僕のような子供には耳なんかかしてくれない。警察は邪魔そうに僕を払い除けると、さ
っさと行ってしまった。
 僕は犯人を知ってるんだ。
 だって……僕はずっと見ていたんだから。









 あの日もあの二人は喧嘩をしていた。
 ちょうどあの家の前を通った時に、母親らしき女の悲痛な叫びが切れ切れに聞こえて来た。

「…何が不満だってのよ!」
「ああ、煩い! 煩い!!」

 ああまたか。
 そんな気持ちで、ちらりと裏口を見る。いつもあそこから、彼女が飛び出して来るはずだった。
 ところが、出て来たのは彼女ではなかった。
 見覚えのある短い髪…、鼻に光るピアス……トシオだ。


 トシオは暗がりでもはっきりと見て取れるほど、蒼ざめていた。僕はすごく視力がいいんだ。そ
してその後から、彼女が顔を出して、トシオに早く去るように急かしていた。
 トシオが去った後、娘がいきなりこっちを向いた。


 見つかってしまった……!


 僕はあまりの事に硬直して、その場から逃げる事が出来ずにいた。
 たぶん数秒だろう。僕を見たはずなのに、彼女は何も言わずにそのまま家へと入って行った。
 何だかいけないものでも見てしまったような気がする。
 しかしふと気が付くと、いつの間にか、あの喧嘩の声が聞こえなくなっていた。


 何だか気になった僕は、家の塀によじ登り、こっそりと窓の中を覗き見た。
 部屋の中は薄暗い。小さな豆電球だけが光っている。その中にはさっきの彼女。そしてその足
元には、横たわる二人の人間。
 彼女はそこにしゃがみ込むと、何かをしていたが、すぐに電気を消して消えた……。




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